-->
数十年にわたる敵対関係を抱えながらも、米国とイランがついに動き始めた。核開発をめぐる交渉が2026年4月、オマーンの仲介によって再スタートを切った。ただし、この交渉には大きな特徴がある。
両国の代表は同じ建物に入りながら「別々の部屋」に座り、直接顔を合わせることなく、オマーン外相が部屋を行き来してメッセージを届けるという、いわゆる「間接方式」が採用された。
米国とイランの関係が決定的に悪化したのは、2018年にさかのぼる。当時のトランプ大統領は、オバマ政権が2015年に締結したイラン核合意(JCPOA=包括的共同作業計画)から一方的に離脱した。
JCPOAとは何か。一言で言えば、イランが核開発を大幅に制限する代わりに、国際社会が経済制裁を解除するという取引だ。この合意によって、イランのウラン濃縮は平和利用レベルの3.67%以下に制限され、核施設へのIAEA(国際原子力機関)の査察も実施されることになっていた。
しかしトランプ氏はこの合意を「欠陥品」と断じた。イランの核開発を長期的に止める効力がなく、弾道ミサイルの開発も制限していない。さらに、イランが中東各地の武装勢力を支援する行動も抑止できていない、というのが離脱の理由だった。
その後、トランプ政権は「最大限の圧力」政策を掲げてイランへの制裁を次々と強化した。イランの石油輸出はほぼ壊滅状態となり、通貨リアルは暴落。経済は深刻なダメージを受けた。
一方のイランも黙っていなかった。合意から外れた米国に対抗するため、ウラン濃縮を段階的に引き上げ、核開発を加速させていった。2020年には革命防衛隊の精鋭司令官ソレイマニが米軍の無人機攻撃で殺害され、両国の緊張は一気に高まった。
2021年に政権を握ったバイデン大統領は、JCPOAへの復帰を目指してイランとの外交交渉を再開した。しかし、交渉は難航した。
イランが強く警戒したのは「また米国が一方的に離脱するのではないか」という不信感だった。一度裏切られた経験がある以上、単なる合意の復元では不十分だとイランは主張し、交渉は2022年秋以降事実上凍結された。バイデン大統領自身も2022年末には「JCPOAは死んだ」と認め、交渉継続を断念した。
その間にイランの核開発はさらに進んだ。IAEA(国際原子力機関)の報告によると、2025年2月時点でイランは60%濃縮ウランを274.8キログラム保有していることが確認されている。核兵器に使われる90%濃縮まであと一歩の水準であり、専門家の試算では、60%濃縮ウランをさらに精製すれば6〜7発の核爆弾を製造できる量だという。
状況は明らかに悪化していた。
2025年1月、トランプが大統領に返り咲いた。
就任直後の2月、政権は「最大限の圧力」政策の復活を宣言。経済制裁をさらに強化する構えを見せながら、3月にはイランの最高指導者ハーメネイー師に直接書簡を送り、核問題について交渉に応じるよう求めた。
これは単なるブラフではなかった。トランプ氏は「核合意を2カ月以内にまとめる」という期限まで設定し、「合意できなければ軍事的選択肢もある」と圧力をかけ続けた。強面で相手を交渉の席に引き寄せる、トランプ流の外交スタイルだ。
イランはこの申し出に当初、強く抵抗した。「軍事攻撃の脅しをかけながらの交渉など、欺瞞に過ぎない」という姿勢だった。
しかし、経済状況がそれを許さなかった。イランの通貨リアルは2026年3月26日、1ドル=103万リアルという過去最低水準を記録した。ペゼシュキアン大統領就任からわずか8カ月足らずで、通貨価値が約43%も下落したことになる。国民の生活は逼迫し、政権への不満も蓄積していた。
追い詰められたイランは3月27日、仲介国のオマーンを通じて間接交渉に応じると回答した。
2026年4月11日、オマーンの首都マスカットで第1回協議が始まった。
会場はマスカット郊外、国際空港近くの宮殿。ここにイラン側の代表団と米国側の代表団がそれぞれ入室した。ただし、両者は同じ部屋に座ることはなかった。
イラン側の代表団を率いたのはアッバース・アラーグチー外相。米国側はスティーブ・ウィトコフ中東担当特使が交渉を主導した。
ウィトコフ特使は不動産開発業者出身で、外交のプロではない。しかし、トランプ大統領が最も信頼する「交渉人」として、すでにイスラエルとハマスの停戦・人質交換の実現にも大きく貢献してきた人物だ。今回の米イラン交渉でも、その手腕が期待されている。
仲介役を担ったのはオマーンのバドル外相だ。オマーンはかねてから米国とイランの間でパイプ役を務めてきた国で、今回もその信頼関係を最大限に活かした形だ。バドル外相が両国代表団の部屋を交互に訪れ、それぞれの立場や要求を相手側に伝えていく。古典的だが、双方の「面目」を保ちながら徐々に歩み寄りを促せるやり方だ。
アラーグチー外相はSNSで「相互尊重の雰囲気の中で行われ、双方は数日以内にこのプロセスを継続することを決定した」と協議を「建設的で有望」と評価した。なお、協議終了後にはオマーン外相の同席のもと、ウィトコフ氏とアラーグチー氏が数分間だけ直接言葉を交わす機会もあったという。
間接方式が採用された背景には、両国間の深刻な不信感がある。
イランからすれば、制裁を課してきた相手の国の担当者と正面から向き合うことは、国内世論的にも受け入れがたい。かつてJCPOAを合意して以来、米国に一方的に裏切られた記憶も生々しい。イランの強硬派は「米国との直接交渉は屈辱だ」と批判する声を上げている。
一方、米国にとっても、いきなりテーブルを挟んで座ることで「イランの要求を受け入れた」という印象を国内外に与えることは避けたい。
そのため「同じ建物にいるが同じ部屋では話さない」という折衷案が採用された。これによってイランは「直接交渉ではない」と国内に説明でき、米国は「対話は続けている」と主張できる。双方が国内向けのメンツを保ちながら話し合いを続けるための、政治的知恵とも言える。
協議が具体的にどんな内容で進んでいるかは、大半が非公開だ。しかし両国の発言や専門家の分析から、主な争点はほぼ明らかになっている。
最大の争点がこれだ。
トランプ政権は「イランによる核開発能力を完全に排除する」という立場から、「イラン国内でのウラン濃縮活動を一切認めない」と主張している。核兵器につながるすべての道を塞ぐという方針だ。
一方のイランは断固として拒否する。「平和利用のための原子力開発は主権国家の権利だ」というのがイランの主張であり、かつてのJCPOAと同水準(3.67%以下)まで濃縮度を引き下げることには応じるが、濃縮活動そのものを禁止することは受け入れられないとしている。
この点について両国はともに「レッドライン」(絶対に譲れない一線)と位置づけており、どこに落としどころを見出すかが、交渉の最大の難関だ。
イランが交渉の席についた最大の動機は、深刻な経済状況の改善だ。米国によって長年にわたって課されてきた制裁が解除されれば、石油輸出が再開でき、経済の息継ぎができる。
ただし、米国側の立場は「イランが核開発を制限する具体的な行動を取った後に制裁を解除する」というもの。イラン側は「制裁を先に解除すべきだ」と主張しており、「どちらが先に動くか」というチキンレースが続いている。
さらにイランは、国連安保理制裁の復活(スナップバック)を防ぐことも求めており、単なる米国の制裁解除だけでは不十分だという立場だ。
米国はイランの弾道ミサイル開発の制限や、ヒズボラ・フーシ派などの親イラン武装勢力への支援停止も求めている。かつてのJCPOAがこの点を含んでいなかったことを問題視してきたトランプ政権にとっては、「今度こそ包括的な合意を」という考えが強い。
これに対してイランは「ミサイルは自衛手段であり、交渉の対象にしない」と反発している。中東各地の親イラン組織への支援も、イランの「戦略的深み」として簡単には手放せないカードだ。
2026年3月:トランプ大統領、ハーメネイー師に書簡。オマーン経由でメッセージが往復する。
2026年3月27日:イラン、間接交渉への参加を表明。経済悪化が背景にあるとみられる。
2026年4月11日:第1回協議、オマーン・マスカットで実施。間接方式で行われ、終了後に両者が数分間だけ直接言葉を交わす。アラーグチー外相は「建設的で有望」と評価。次回協議を数日以内に行うことで合意。
この交渉は様々な意味で「異例」だ。
まず規模と方式。米国とイランが核問題で直接(間接ながら)対話するのは、数年ぶりのことだ。しかも通常の外交交渉では見られない「別室方式」を採用している点は、国際的な注目を集めている。
次に米国の姿勢。1期目にJCPOAを破棄したトランプ氏が、今度は自ら積極的に交渉を仕掛けている。「ディールメーカー」としての自負があるトランプ氏にとって、この核交渉はノーベル平和賞につながりうる「歴史的な成果」としても映っている。
そしてイランの計算。経済苦境を抱えながらも、イランはただ受け身で交渉に臨んでいるわけではない。この時期、60%濃縮ウランの備蓄量を急増させており、「交渉の切り札」として核開発の進展を利用しているとも指摘されている。
忘れてはならないのが、イスラエルの存在だ。
イスラエルはイランを最大の安全保障上の脅威とみなしており、核協議そのものに強く反対している。ネタニヤフ首相はトランプ大統領に対して「この交渉は無意味だ」と交渉打ち切りを求めてきた。
イスラエルからすれば、米国とイランが合意に達することで、イランの核能力がある程度「公認」される形になるのは最悪のシナリオだ。一方でイランは、イスラエルとの緊張を抱えながら、米国とだけ「外交的な顔」を保とうとしている。
この三角関係の中で交渉がどう転ぶかは、予断を許さない。
第1回協議終了後、第2回は4月19日に予定されている。場所については米国がイタリア・ローマ開催を希望したが、イランがこれを拒否し、引き続きオマーンでの開催となる見通しだ。
双方の立場は依然として大きく隔たっており、「建設的な雰囲気」という評価が即座に合意を意味するわけではない。しかし、対話が始まったこと自体は数年ぶりの前進だ。
トランプ大統領が設定した「2カ月以内」という期限は、6月初旬まで。その間に双方がどこまで歩み寄れるか。世界のエネルギー市場や中東の安定にも直結するこの交渉の行方を、引き続き注視する必要がある。