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裏あおいみゆ 海外ニュース

【裏あおいみゆ】北朝鮮最悪連続猟奇犯 少年少女12人臓器狩り 「パク・ミョンシク」【北朝鮮唯一のシリアルキラー】

2026年04月12日 | 約19分で読めます | japan_miyu_

世界で最も閉ざされた国、北朝鮮。

この国から犯罪の情報が外部に漏れることは極めて稀であり、そもそも「犯罪が存在しない理想的な社会主義国家」というのが公式の立場である。 しかし2006年、韓国の北朝鮮専門メディア「デイリーNK」がある事件を報じたことで、北朝鮮史上最悪にして唯一公に知られることとなった連続猟奇殺人事件の存在が明るみに出た。 1990年、北朝鮮北東部の港湾都市・新浦(シンポ)市。工場労働者のパク・ミョンシクは、肝硬変の治療と称して14歳から17歳の少年少女12人を次々と殺害し、その肝臓を摘出して食べた。映画「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクターを彷彿とさせるこの事件は、北朝鮮の人民を震え上がらせた。 本記事では、「臓器狩り(The Organ Harvester)」の異名を持つパク・ミョンシクの犯行の全容を、入手可能な情報の限りを尽くして記述する。

パク・ミョンシク事件 年表

年月出来事
1951年北朝鮮・咸鏡南道新浦市に誕生。後に同市の工場労働者となる
1980年代後半頃肝硬変を発症。咸興市の大病院で治療を受けるも病状は改善せず
1990年初頭同僚の紹介で占い師に相談。「人間の肝臓を食べれば治る。若ければ若いほど良い」と告げられる
1990年4月最初の殺人。農場支援に来た15歳の男子生徒を深夜に襲撃し殺害。肝臓を摘出して生食
1990年4月~10月新浦市近郊の共同農場を中心に、14~17歳の生徒を次々と殺害。合計12人を殺害し肝臓を摘出。15歳の少女を宿舎で刺殺する事件も発生。20代女性が新浦市街で同様の手口で殺害される
1990年10月15日頃13人目の標的となった生徒が激しく抵抗し逃走。叫び声を聞いた住民たちがパクを取り押さえ、警察に引き渡す
1991年10月中旬新浦市人民裁判所にて裁判。殺人12件の全罪状を認め、死刑判決
1991年10月銃殺刑により処刑。享年39~40歳
1991年10月助言を行った占い師に対して、労働教化刑15年の判決
2006年占い師が刑期を満了し出所。他の道へ追放される。同年、韓国デイリーNKがこの事件を初めて報道し、外部世界に事件の存在が知られる

北朝鮮の工場労働者、肝硬変に侵される

パク・ミョンシクは1951年、北朝鮮の咸鏡南道(ハムギョンナムド)新浦(シンポ)市に生まれた。北朝鮮の秘密主義体制のため、彼の幼少期や家族構成についての情報は外部にほとんど伝わっていない。成長後は新浦市内の工場で労働者として働いていたことが確認されている。 パクの人生を決定的に変えたのは、肝硬変の発症だった。時期は正確には不明だが、1980年代後半頃とされる。北朝鮮の医療水準は当時から極めて低く、地方の病院では満足な治療を受けることができなかった。パクは大都市・咸興(ハムン)市の病院にまで足を運び、名医と呼ばれる医師の治療を受けた。しかし、病状が改善することはなかった。 慢性的な体調不良と死への恐怖に苛まれるパクに、ある日、仲の良い同僚が一人の占い師を紹介した。北朝鮮では占いや迷信は「封建的な行為」として公式には禁止されている。しかし実際には、特に地方では占い師に頼る人々が少なからず存在していた。 パクは藁にもすがる思いでその占い師を訪ねた。

「人間の肝臓を食べろ。若ければ若いほど良い」

占い師は最初、パクの相談に応じることを渋ったとされる。しかし最終的に、占い師はパクにこう告げた。 「人間の肝臓を食べれば、肝硬変は治る。肝臓の持ち主が若ければ若いほど、効果は大きい」 この一言が、12人の若い命を奪う連続殺人の引き金となった。 パクは当初、人間を殺すことへの恐怖から躊躇した。しかし日を追うごとに病状は悪化し、身体の衰弱が進んでいった。「このまま苦しみながら死ぬくらいなら、試してみるしかない」――パクはそう決断したとされる。 そして1990年4月、パク・ミョンシクは最初の獲物を探し始めた。

共同農場の少年たちを狙う

パクが標的に選んだのは、新浦市近郊の共同農場に農作業支援として派遣されてくる高等中学校の生徒たちだった。 北朝鮮では毎年春の田植えと秋の収穫の時期になると、都市部の学校から大量の生徒が農村に送り込まれる。「農村支援」と呼ばれるこの制度のもと、14歳から17歳の少年少女たちは2~3人一組で農民の家に住み込み、1か月から2か月にわたって過酷な肉体労働に従事させられた。 パクにとって、この制度は完璧な「狩り場」を提供した。都市から来た生徒たちは土地勘がなく、日中の重労働で疲労困憊し、夜は泥のように眠る。監視の目も薄い。しかも「若い肝臓」という占い師の条件にぴったり合致する年齢層だった。 パクは獲物の物色を慎重に行った。まず明るいうちに共同農場を歩き回り、生徒たちがどの農家に泊まり込んでいるかを確認した。一人一人の体格や健康状態を観察し、ターゲットを定めた。そして夜の闇を待った。

12人の命が奪われた半年間――各事件の詳細

1990年4月から10月にかけての約半年間で、パク・ミョンシクは12人の若者を殺害した。北朝鮮の情報統制により、12件すべての事件の個別詳細が明らかになっているわけではない。しかし、脱北者の証言や韓国メディアの取材によって、いくつかの事件については具体的な犯行の様子が伝えられている。

【最初の犯行】1990年4月 ― 15歳の男子生徒

パク・ミョンシクが最初に手をかけたのは、共同農場に派遣されてきた15歳の男子生徒だった。 午後11時頃、農作業で疲れ果てて熟睡していた生徒の元にパクは忍び寄った。まず生徒の口を手で塞ぎ、声を上げられないようにした。そして持参した凶器を振り下ろした。 生徒は翌朝までに死亡した。パクは遺体の腹部をナイフで切り開き、肝臓を摘出した。摘出した肝臓は生のまま食べたとされる。 15歳の少年の命は、占い師の妄言と一人の男の狂気によって奪われた。これが、半年にわたる殺戮の始まりだった。

【宿舎襲撃事件】― 15歳の少女を刺殺

犯行を重ねるうちに、パクの手口はより大胆になっていった。 ある夜、パクは農場付近の宿舎に侵入した。就寝中の15歳の少女に狙いを定め、口を手で押さえ込むと、ナイフで身体を刺した。出血する少女を抱え上げ、建物の外に運び出そうとした。 しかしこの時、周囲で飼い犬が激しく吠え始めた。パクは発覚を恐れて少女をその場に残し、逃走した。少女は翌日まで息があったが、刺傷による大量出血が致命的で、翌日に死亡した。 パクは肝臓の摘出に至る前に逃走を余儀なくされたが、少女の命は失われた。

【農場での発見】― 遺体を見た農民が気絶

別の事件では、共同農場で働いていた農民が、激しく損壊された生徒の遺体を発見した。 腹部は大きく切り裂かれ、臓器が抜き取られた状態だった。あまりの凄惨さに、遺体を発見した農民はその場で意識を失った。 この事件を受けて新浦市の警察(人民保安省)に通報が入ったが、当時の北朝鮮の捜査技術は極めて原始的で、科学捜査やDNA鑑定といった手法は存在しなかった。指紋採取や現場検証の技術すら乏しく、捜査は難航した。一部の住民の間では「幽霊の仕業ではないか」という噂まで流れたという。

【新浦市街での殺害】― 20代女性が犠牲に

パクの犯行は農場周辺だけに留まらなかった。 宿舎襲撃事件の数日後、新浦市の市街地で20代の女性の遺体が発見された。遺体には、それまでの農場での被害者と同一の特徴的な損傷が確認された。腹部が切り裂かれ、肝臓が摘出されていた。 この事件は、パクの犯行対象が10代の生徒だけでなく、若い成人女性にまで広がっていたことを示している。占い師が告げた「若ければ若いほど良い」という言葉の範囲を、パクは自分なりに解釈し、20代の女性もまた「若い肝臓」の持ち主として選んだものと考えられる。

【その他の事件】― 合計12人の犠牲者

上記以外にも、1990年4月から10月にかけて複数の殺人が新浦市近郊で発生した。被害者はいずれも農場支援に来た10代の生徒が中心で、殺害後に腹部を切り裂かれ、肝臓やその他の臓器を摘出されるという共通した手口が確認されている。 パクの主な殺害方法は、被害者の口を塞いで窒息させるか、鈍器で頭部を殴打するか、ナイフで刺すかのいずれかだった。殺害後、ナイフで腹部を切開して肝臓を摘出し、生のまま食べた。一部の報道では、肝臓以外の臓器も摘出・食したとされている。 最終的な犠牲者は12人。そのほとんどが14歳から17歳の、未来ある少年少女たちだった。

なぜ犯人を捕まえられなかったのか

12人もの若者が殺害されていながら、パク・ミョンシクの逮捕は犯行開始から約半年後まで実現しなかった。その理由は、北朝鮮という国の特殊性に深く根ざしている。 第一に、北朝鮮の捜査能力の圧倒的な低さがある。科学捜査の技術がほぼ存在せず、DNA鑑定はおろか、基本的な指紋照合すら満足にできない状態だった。現場から物証を収集し、系統的に分析するという近代的な犯罪捜査の手法が、この国には根付いていなかった。 第二に、情報の共有と住民への警告が行われなかった。北朝鮮では犯罪の発生自体が「社会主義の理想に反する」とされるため、連続殺人が発生しているという事実が公にされることはなかった。住民は何も知らされないまま、子どもたちを農場に送り出し続けた。 第三に、被害者たちが「農村支援」で都市から来た生徒であったことも捜査を複雑にした。生徒たちは見知らぬ土地で暮らしており、地元住民との関係も薄い。行方不明になっても、すぐに気づかれにくい環境にあった。 捜査が進まない中、「幽霊の仕業」「山に棲む化け物」といった超自然的な噂が広まったのは、北朝鮮の住民にとって近代的な説明が与えられなかったことの裏返しでもある。

13人目の標的が叫んだ――逮捕の瞬間

1990年10月。秋の収穫期を迎え、都市部からまた大勢の生徒が共同農場にやってきた。 パク・ミョンシクにとって、それは新たな「狩りの季節」の到来を意味していた。彼はいつもの手順通り、農場に来た生徒を物色し、夜を待った。 しかし13人目の標的に選ばれた生徒は、それまでの被害者とは違った。 パクが生徒に襲いかかった瞬間、生徒は激しく抵抗した。口を塞ごうとするパクの手を振りほどき、大声で叫びながら逃走した。 この叫び声が、すべてを終わらせた。 連続する不審な殺人事件に怯え、犯人の出現を警戒していた地域住民たちは、生徒の叫び声を聞いた瞬間、待ち構えていたかのように一斉に飛び出した。逃走するパクに複数の住民が飛びかかり、取り押さえた。 住民たちはパクをそのまま警察(人民保安署)に引き渡した。取り調べの中で、パクは12人の殺害と肝臓の摘出・食の全容を自白した。

裁判と死刑――そして占い師の運命

1991年10月中旬、咸鏡南道新浦市の人民裁判所にて、パク・ミョンシクの裁判が開廷した。 北朝鮮の裁判制度は、西側諸国のそれとは大きく異なる。弁護人は形式的にしか存在せず、裁判は短期間で結審する。パク・ミョンシクは12件の殺人について全面的に罪を認め、有罪判決が下された。 判決は死刑。 パクは控訴することなく、1991年10月中に銃殺刑が執行された。享年39歳から40歳だったとされる。 この裁判では、もう一人の人物にも判決が下された。パクに「人間の肝臓を食べれば病気が治る」と助言した占い師である。 占い師は直接手を下したわけではないが、連続殺人の引き金となる助言を与えたとして、労働教化刑15年の判決を受けた。北朝鮮の労働教化所は過酷な強制労働施設として知られており、15年という刑期は事実上の死刑に近いとされることもある。 しかしこの占い師は刑期を全うし、2006年に出所した。出所後は北朝鮮の刑法に基づき、別の道(省に相当する行政区域)へ強制的に追放された。その後の消息は不明である。

闇に葬られた事件が明るみに出るまで

パク・ミョンシク事件は、発生から16年もの間、北朝鮮の外の世界には知られていなかった。 北朝鮮政府にとって、自国内で連続殺人事件が発生したという事実は、「犯罪のない社会主義の楽園」という体制のプロパガンダを根底から揺るがすものだった。事件は徹底的に隠蔽され、国内メディアが報じることも、国際社会に情報が流出することもなかった。 転機となったのは2006年、韓国に拠点を置く北朝鮮専門メディア「デイリーNK」が、脱北者からの証言をもとにこの事件を報道したことだった。記事を執筆したのは、北朝鮮報道の第一人者として知られる高英起(コ・ヨンギ)記者である。 奇しくも2006年は、事件の共犯者とされた占い師が15年の刑期を終えて出所した年でもあった。占い師の出所が、事件の記憶を持つ脱北者の証言を促した可能性が指摘されている。 その後、2021年にも高英起記者によって「まるで『羊たちの沈黙』――北朝鮮最悪の猟奇連続殺人」と題した続報が公開され、事件の詳細がさらに明らかになった。

北朝鮮という「情報の暗闇」の中で

パク・ミョンシク事件について記述する上で、一つ重要な注記を加えなければならない。 この事件の情報源は、脱北者の証言とそれに基づく韓国メディアの報道に限られている。北朝鮮政府は事件の存在を公式に認めておらず、裁判記録や捜査資料が外部に公開されることもない。したがって、本記事に記述した内容には、証言者の記憶の曖昧さや伝聞による誤差が含まれている可能性がある。 しかしながら、複数の脱北者が独立して同一の事件について証言していること、デイリーNKという北朝鮮情報の権威あるメディアが裏付け取材を行った上で報道していることから、事件そのものの実在性については高い信頼性があると判断されている。 北朝鮮という国の特殊性ゆえに、パク・ミョンシクがこの国で「唯一公に知られた連続殺人犯」となっているが、それは「他に連続殺人犯がいなかった」ことを意味しない。むしろ、どれだけの事件が闇に葬られ、世界に知られることなく消えていったのか――その想像の余地こそが、北朝鮮という国の恐ろしさを物語っている。

なぜパク・ミョンシクが「北朝鮮最悪の殺人犯」なのか

裏あおいみゆでは、各国最悪の殺人犯を「被害人数」「猟奇度」「殺害手段」「無差別度」の4つの基準から選出している。 北朝鮮の場合、情報統制により候補者の選定自体が困難だが、外部に確認されている唯一の連続殺人犯であるパク・ミョンシクは、4つの基準すべてにおいて極めて高い異常性を示している。 被害人数:12人 半年間で12人の若者を殺害。北朝鮮という特殊な環境下で、個人による犯罪としては突出した数字である。 猟奇度:極めて高い 殺害後に腹部を切り裂いて肝臓を摘出し、生のまま食すという行為は、世界の犯罪史の中でも突出した猟奇性を持つ。食人(カニバリズム)の中でも、「治療目的での臓器食」という動機の異常さは類を見ない。 殺害手段:窒息・殴打・刺殺、そして臓器摘出 口を手で塞いでの窒息、鈍器による頭部殴打、ナイフによる刺殺と、複数の手段を用いた上で、死後にナイフで腹部を切開し臓器を摘出するという二段階の犯行プロセス。殺害そのものが目的ではなく、「臓器の採取」が目的であったことが、この事件の特異性を際立たせている。 無差別度:高い 被害者との個人的な面識はなく、「若い肝臓の持ち主」という条件のみで標的を選定した。14歳から17歳の少年少女、さらには20代の女性まで、年齢層は幅広い。共同農場に来る見知らぬ生徒を次々と狙ったという点で、高い無差別性を持つ。 パク・ミョンシクは、北朝鮮という情報の暗闇の中から辛うじて世界に伝わった、この国で唯一知られる連続殺人犯である。そしてその犯行の内容は、世界のどの連続殺人事件と比較しても類を見ない猟奇性を備えている。


参考ソース

  • Park Myung-sik – Wikipedia(英語版)https://en.wikipedia.org/wiki/Park_Myung-sik
  • DailyNK Japan「北朝鮮人民を震え上がらせた連続猟奇殺人鬼パク・ミョンシク」(2006年) https://dailynk.jp/archives/133772
  • 高英起「まるで『羊たちの沈黙』北朝鮮最悪の猟奇連続殺人」Yahoo!ニュース (2021年1月16日)
  • South China Morning Post「Using hammer, shovel or axe, serial killer of 65 struck victims as they slept」https://www.scmp.com/article/435505/
  • A Brief Case Podcast「EP 123: The Liver Eating North Korean Cannibal Killer Park Myung-sik」https://shows.acast.com/abriefcase/episodes/ep-123-the-liver-eating-north-korean-cannibal-killer-park-my
  • Serial Killer Database Wiki「PARK Myung-sik」https://skdb.fandom.com/wiki/PARK_Myung-sik
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