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神奈川県の公立高校で、いま最も熱い視線を集めている学校がある。
偏差値74〜76、東大合格者数74名、早稲田合格者数は全国1位。しかもこれ、中高一貫ではなく、たった3年間の高校だ。
「横浜翠嵐高校(神奈川県立横浜翠嵐高等学校)」。かつては東大合格者が一桁台の普通の進学校だったのに、いつの間にか日本の公立高校で2番目に東大合格者を輩出する「怪物校」に化けていた。
なぜここまで急成長したのか。何がそんなに凄いのか。歴史から現在まで、余すところなく掘り下げていく。
正式名称は「神奈川県立横浜翠嵐高等学校」。「翠嵐(すいらん)」という読み方を知らない人も多いかもしれない。
所在地は神奈川県横浜市神奈川区三ツ沢南町1-1。横浜駅から北西に約1.2km、徒歩なら坂道を20分ほど歩いた先の丘の上にある。横浜港を見渡せる絶景ポイントで、近くには横浜FCのホームスタジアム「三ツ沢公園球技場」もある。
公立・共学校で、全校生徒数はおよそ1,065人。男子が女子の約2倍という構成比になっており、男子校だった時代の名残が今でも数字に出ている。神奈川県から「学力向上進学重点校(アドバンス校)」に指定されており、県内5校のみが持つ特別な称号だ。
翠嵐高校の歴史は大正3年(1914年)5月11日にさかのぼる。
当時の名称は「神奈川県立第二横浜中学校」。神奈川県立の旧制中学校としては5番目の開校だった。初代校長は福井から赴任した瀧澤又市。この人物が翠嵐の精神的基盤を作ることになる。
開校からわずか数年で、校名の根拠となるある重大なことが起きた。1919年(大正8年)、同窓会組織が発足。その際、すでに完成していた校歌の歌詞にある「翠嵐(みどりの嵐)」という言葉から「翠嵐会」と命名されたのだ。この歌詞こそが後の校名の由来となる。
しかし創立直後には悲劇も訪れた。
1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が直撃。校舎が大破し、卒業生6名・在校生13名が命を落とした。壊滅的な打撃を受けながらも、翠嵐は再建を果たしていく。
戦後の転換点は1950年(昭和25年)。男子のみの旧制中学から、男女共学の「神奈川県立横浜翠嵐高等学校」へと改称。現在の姿に生まれ変わった。
翠嵐を語るうえで欠かせないのが、初代校長・瀧澤又市が説いた「大平凡主義」という考え方だ。
「名誉や地位などを利己的に求めず、市井の偉人となって世の中のために尽くそう」という精神。要するに、目立つことや自分の利益だけを追うのではなく、地道にコツコツと人のために働く人間になれ、という教えだ。
100年以上経った今も、この考え方は翠嵐の根幹に息づいている。一見すると派手な進学実績とは真逆のような哲学だが、実はこの「地道に、真剣に、当たり前のことを丁寧にやり続ける」姿勢こそが、近年の驚異的な成長を支えているとも言える。
信じられないかもしれないが、30年ほど前の翠嵐は、東大合格者数が一桁台のごく普通の進学校だった。勉強と部活と行事を両立させる、神奈川のありふれた公立高校のひとつだったのだ。
それがいつの間にか変わり始めた。転換点のひとつは2013年(平成25年)。神奈川県が「学力向上進学重点校」制度を整備し、翠嵐を指定校に選んだことで、教員の配置や進路指導の体制が大きく強化された。
そこからの成長スピードは異常だった。
2020年から2025年のわずか5年間で、東大合格者数が約3倍になった。
2025年春に発表された大学合格実績は、日本の教育界を震撼させた。
翠嵐の東大合格者は74名(うち現役67名)。前年の43名から一気に31名も増えた。この数字で翠嵐は全国8位にランクイン。都立日比谷高校(81名)に次ぐ公立高校第2位の座を獲得したのだ。
神奈川県内での圧倒的な強さも際立った。私立の超名門・栄光学園や浅野といった難関私立をも上回る実績を、公立高校でたたき出した。湘南高校が18名だったのに対し、翠嵐は74名と4倍以上の差をつけた。
東大以外の実績も見てほしい。
| 大学名 | 合格者数(2025年春) |
|---|---|
| 東京大学 | 74名(現役67名) |
| 京都大学 | 11名 |
| 一橋大学 | 10名 |
| 東京科学大学(旧東工大) | 11名 |
| 早稲田大学 | 233名 |
| 慶應義塾大学 | 177名 |
| 上智大学 | 60名 |
| 東京理科大学 | 180名 |
| 明治大学 | 214名 |
早稲田大学の合格者数233名は全国1位。卒業生364名に対して、この数字は驚異的だ。現役合格率でいえば、東大だけで18.4%という水準になる。
翠嵐の急成長には、明確な理由がある。それが学校全体で取り組む独自の教育スタイルだ。
翠嵐の授業は、基本的に95分1コマが軸になっている。一般的な学校の50分授業のほぼ倍だ。この長い授業時間の中で「フリータイム」と呼ばれる特徴的な学習形式が展開される。
先生が問題を出す。すると生徒たちは席を離れ、クラスメートと自由に議論を始める。一見、授業とは思えない光景だが、これは意図的に設計された仕掛けだ。異なる考えを持つ仲間と意見をぶつけ合うことで、生徒自身の思考が刺激され、問題の糸口を自力で見つける力を育てる。
翠嵐では「生徒の心に火をつける授業」という言葉が学校全体のキーワードになっている。校長も「日本一の公立高校を目指したい」と公言しているほど、学校全体の意識が高い。
高校1年では社会(歴史総合・公共)と理科の基礎3科目(化学基礎・物理基礎・生物基礎)を全員が履修する。高校2年で文系・理系に分かれ、理系では数学IIIが全員必修。数学IIIを履修しない理系コースが存在しないという徹底ぶりだ。
大学受験に向けた学習効率を、学校のカリキュラム設計の段階から最大化させているわけだ。
翠嵐に入学する生徒のレベルは、もともと異常に高い。
入試は「内申点:学力検査:特色検査=3:7:3」という配点比率で行われる。特色検査とは、教科横断型の思考力・判断力・表現力を問う独自試験で、専用の対策なしには高得点が取れない。
2024年度入試の倍率は1.98倍。合格者平均は内申127.9点(ほぼオール5以上が必要)、学力検査450.8点、特色検査約63点。全県模試の偏差値でいえば73.7という水準だ。
神奈川県内の他の公立高校の倍率が1.2〜1.4倍前後なのに対し、翠嵐だけが2倍近い競争を毎年繰り返している。「神奈川で一番入りにくい公立高校」と言われるゆえんはここにある。
2026年度最新データでは、翠嵐の偏差値は74〜76。神奈川県内の公立高校でトップに位置し、全国でも23位にランクインしている。
合格のために必要なものを具体的に言えば、中学3年間の内申点がほぼオール5に近いレベルであることが大前提。そのうえで学力検査で上位に入り、さらに独自の特色検査で高得点を取る必要がある。
「特色検査が最大の関門」と受験業界では言われている。2023年度入試では「公園に関する小問集合」と「中央アメリカと生物多様性に関する問題」が出題された。どちらも一般的な教科の知識だけでは太刀打ちできない、思考力そのものを試す問題だ。
翠嵐が特徴的なのは、受験一色ではなく、学校生活の充実度も高いことだ。
全校生徒の90%以上が何らかの部活動に参加している。体育系・文化系あわせて33の部活と4つの同好会が存在し、どの部も活発に活動している。野球部は全国高等学校野球選手権神奈川大会でベスト8に進出したこともある。
学校行事も見応えがある。
6月には文化祭「翠翔祭(すいしょうさい)」が開催される。クラスや部活単位のほか、有志グループによる出し物も多彩だ。入学・進級直後から企画を始めなければならないほど、生徒主体で動く文化が根付いている。
9月の体育祭は3年生が主体となって運営する。名物は「可愛子(かわいこ)」というダンス種目。もともとは1年生男子が「可愛さとカッコよさ」を競うユニークな種目で、50年以上の歴史を持つ。現在は女子生徒も参加するかたちに拡大されている。
もうひとつ注目すべきイベントが、2024年に復活した「翠平戦」だ。
翠嵐と、同じ横浜市内にある神奈川県立横浜平沼高等学校との体育対校戦で、1954年から1980年まで26年間にわたって続いた伝統行事だった。25戦13勝12敗と翠嵐がわずかに勝ち越した状態で終了し、30年以上途絶えていた。
2020年に復活が計画されたがコロナで中止。ようやく2024年に、翠嵐創立110周年の記念事業として正式に復活し、翠嵐が勝利を収めた。
100年以上の歴史を持つ学校だけあって、卒業生の顔ぶれも幅広い。
教育者、芸能人、学者、アナウンサーなど、さまざまな分野で活躍する卒業生を輩出してきた。
2026年現在、翠嵐の勢いは衰えていない。
入試倍率は依然として約2倍を維持し、受験業界からの注目度は年々上がっている。学力向上進学重点校としての体制も充実しており、教員の質と指導力が着実に蓄積されている。
気になる年間授業料は118,800円(県立高校の標準額)。世帯年収が約910万円未満であれば、高等学校等就学支援金制度によって実質無償になる。入学検定料2,200円、入学料5,650円が別途かかる。
公立高校でありながら、私立の一流中高一貫校に肩を並べようとしている翠嵐。今後、都立日比谷高校(2025年東大81名)との「公立日本一」争いはさらに激化するとみられている。
横浜翠嵐高校がここまで急成長した理由は、ひとつの要因だけでは説明できない。
神奈川県による制度的な後押し、「大平凡主義」という地道な精神文化、95分授業と「心に火をつける」教育スタイル、入試での厳しい選抜、そして優秀な同級生たちが互いに刺激し合う環境。これらすべてが重なり合った結果だ。
かつては東大合格者が一桁だったことを知っている人には、信じられない変化かもしれない。しかし数字は嘘をつかない。公立高校3年間だけで、日本で2番目に多い東大合格者を出す学校へと、翠嵐は確実に変貌した。
「中高一貫でないと難関大には無理」という常識を、翠嵐は静かに、しかし確実に塗り替えつつある。